食品技術者から見た食品特許と官能評価~トマトジュース事件裁判例から~(その2)

👉(その1)からの続きです。

4.トマトジュース事件の争点

 最大の争点は「明細書の官能評価である実施例は特許のサポート要件を充足しているのか、していのか」でした。

 サポート要件とは、特許請求の範囲の書き方について定めた要件で「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と特許法で規定(特許法第36条第6項第1号)されています。

 つまり、特許請求の範囲に記載されている発明が、しっかりと明細書中に書かれていてサポートされていなければならず、逆にいえば、真面に技術的な説明がされていない発明や、データによる裏付けがない発明は特許にならないというルールです。

 この特許の発明の効果である「甘み、酸味、濃厚」という風味が、特許請求の範囲に記載されている糖度、糖酸比、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計「のみ」で決まるのか、決まらないのか、これが明細書中の記載が発明(特許請求の範囲)をサポートしているといえるのか、いえないのか、というものだったのです。

5.知財高裁判例に見る判断のポイント

 この審決取消訴訟の判決文より判断のポイントを以下に示します。裁判所は、

・飲食品の風味には、甘味、酸味以外に、塩味、苦味、うま味、辛味、渋味、こく、香り等、様々な要素が関与する。

・粘性(粘度)などの物理的な感覚も風味に影響を及ぼす。

・トマト含有飲料中には、様々な成分が含有されている。

 と指摘した上で、

・(発明の効果である)「甘み、酸味、濃厚」という風味が、(特許請求の範囲に記載した)糖度、糖酸比、グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計のみで決まるのであれば、そのことを説明する必要があるがしていない。

・(発明の効果である) 甘み、酸味、濃厚という風味が、(特許請求の範囲に記載した)糖度、糖酸比及びグルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量だけでは決まらないのであれば、他の条件を全て一定に揃えて風味の評価をする、もしくは、他の条件を一定に揃えて風味の評価をする必要がないことを説明しなければならないがされていない。

 と判示し、さらに官能評価の方法についても、

風味評価において、その方法や採点における評価基準が具体的に記載されていないなどから適切とはいえない。

 と判断した上で、最大の争点である「サポート要件の充足性」について否定いたしました。この判例は今後の食品特許実務に非常に大きな影響を与えることになります。

6.今後の食品特許における官能評価に対する提案

 特許審査は裁判所の判断に大きく影響を受けるため、この裁判以降、特許庁の官能評価に対する審査は厳しくなりました。そのため、食品特許における官能評価の方法について、十分にこの判例を念頭において検討し対応していくことはもちろんのこと、具体的に食品技術者サイドの実務的な観点から以下を考慮に入れ検討・実施していくことを提案いたします。

・論文投稿における査読審査でパスできる程度の客観性が担保されている官能評価法を採用する。

・公定法や学会等が推奨する官能評価を実施する。

・味覚センサーなどの官能評価結果を担保できる分析法(値)を検討する。

・実施例を多く作成することを心掛ける。

・発明の初期段階から食品分野に強みを持つ知財専門家と共に検討する。

7.最後に

 食品業界でも特許の重要性が見直されている結果、事業戦略や研究戦略におけるキーアイテムとして重要さが増しています。そのような中で、強くてより有効な特許権を取得していくことがなにより必要不可欠となります。特に、官能評価は食品特許の肝ともいうべき領域であることを念頭に検討し対応されることを願います。

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