食用油脂・脂質は食品中の「ラスボス」なのか~専門家がみる食用油脂の素顔~
「酒類以外で油脂・脂質を含まない食品はどれくらいありますか?」
私が講演やセミナーで時々、受講されている方に聞く質問です。
今のところ一件だけ答えて頂き、その答えは「コーラ」でした。
確かに意図して油脂を配合していないので含まれないでしょう。
では他にはあるのでしょうか。
私が一つだけ用意している答えは「出汁」です。
しかしその「出汁」も魚油の酸化分解物が、好ましい風味に貢献していることはよく知られているところです。
そのため、まったく無関係ということではありません。
このように、むしろ油脂・脂質を含まない食品は非常に少ないのです。
それでは、油脂・脂質は食品中でどのような影響を与えるのでしょうか。
ここで「酸化分解物」の話に触れていきましょう。
油脂・脂質は低温でも酸素と触れていれば酸化していきます。これを「自動酸化」といいます。
熱が加われば当然、酸化速度が速くなり著しく劣化します。温度が10℃上昇するとその酸化速度は2倍になるといわれています。
同様に、光を受けている時の酸化・劣化も著しいです。
その際に生じる酸化分解物であるアルデヒド類、ケトン類、アルコール類などは、閾値が低いことが知られています。
この閾値とは、ヒトが臭いとして感じることができる最低の濃度のことをいいます。
例えば、リノール酸の酸化分解物の一つであるt, t, -2, 4-decadienalの閾値は、(一社)オフフレーバー協会のホームページによりますと数~数十pptといいわれています。
その他の多く酸化分解物も閾値が数ppmであるものがあれば、ppb単位で知られているものまであります。
つまり、油脂・脂質は食品の風味である味、香りに大きく影響しているといえるでしょう。
しかし、残念なことにこれらのことはあまり知られていません。また、知られていないことが原因であるのか、これもあまり気にされません。
現在でも、油脂・脂質に求める機能はフライ油などの「食品用熱媒体」のみという意識が根強いからなのではと思うところです。
それでは「酸化・劣化」は完全悪なのでしょうか?
酸化分解物のアルデヒド類の中には毒性が強いものがあります。
例えば、前に出てきましたt, t, -2, 4-decadienalのADI(一日摂取許容量)は0.34 mg/kg/dayとのWHOによる報告があります。[1]
また、長時間フライ作業を行っていたり、フライ作業中の換気が適切ではない時などに、気持ちが悪くなる「油酔い」といわれる症状は、油脂・脂質の酸化分解物であるアルデヒド「アクロレイン」(2-propenal)が原因で、医薬用外劇物に指定されている物質です。
油脂・脂質の酸化・劣化による食中毒の報告例は少ないですが、微生物の急性劇症症状に対して「慢性緩慢」症状であることから、問題と捉えられ難いのではないかと思うところです。
一方で、初期酸化劣化は「おいしさ」にプラスの影響を大きく与えているのも事実です。
例えば、酸化分解物が「うま味」を増強したり、その一つであるアルデヒド類のhexanalが酢の酢カドを取り「まろやか」にすることが知られるなど、味、香りに好ましい影響を与えていることが数多く報告されています。
そして、揚げ物やフライ食品も同じく「おいしさ」が油脂・脂質の酸化によって付与されているといえます。しかしながら、酸化・劣化が進み過ぎると好ましくない風味となり、当然ながらおいしくなくなります。
この「好ましい」から「好ましくない」へ変化していく酸化・劣化の「境目」をよく質問されます。しかしこれの見極めは、微妙過ぎて難しいところです。
これらのようなことから、油脂・脂質は食の味、香り、安全を裏で操る「ラスボス」のような存在と個人的に思うところです。
参考文献
[1] “Re-evaluation of Peroxide Value as an Indicator of the Quality of Edible Oils” 食品衛生学雑誌48 巻 (2007) 3 号