食品技術者と特許
- 特許視点での食品とその環境
特許視点における食品分野の特徴について考えてみたいと思います。
例えば非食品分野である電機、機械分野などを例にあげると、装置そのものを市場などから入手し分解・調査することで、技術構成を知ることができます。いわゆるリバース・エンジニアリングと呼ばれているものです。
一方、食品分野ではどうでしょうか。確かに製品は市場などから入手可能ではありますが、食品の場合、多種多様な原材料を使用し「焼く、煮る、炒める」などの調理工程を経ることにより複雑な変化を生じるなど、製品形態での構成成分や原材料の配合量などが例えば分析などによって正確に把握することが難しい場合があります。
そして、食品に使用できる原材料は、非食品分野からみると限られており、さらに、最も特徴的といえるのが、発明の効果を示す手段の一つとして「官能評価」によるものがあるということです。
確かに、食品では「まろやか」や「おいしい」などの味覚による感覚が非常に大切な要素であるため、それらを発明の効果として示すのは当然のことと思います。
しかし、官能評価は「ヒト」の味覚や感覚を測っているために「曖昧さ」を含んだ測定値であるともいえます。
では、その官能評価にどのような課題があるのでしょうか。それは、必ずしも誰もが同じ試験を試み、その結果、同じ結論を導き出すことができないというところにあると思います。そうすると、特許の権利範囲に入っているのか否かを明確にすることができないなど、曖昧さがもたらす問題点が顕在化します。
他方で、食品は商品サイクルが早いという特徴を有しているために、特許の効力を最大限に利用することが難しい分野であるともいわれています。
これらの食品分野における特許視点からの特徴により、10~15年くらい前までは特許に対する価値を見出せず、ノウハウ秘匿を主とする時代が続きました。
- 食品特許の環境の変化
2003年に大手化学メーカーが食品事業に参入し、これまでの食品分野にはなかった知財戦略を繰り広げました。いわゆるパテント・プレーヤーの出現です。
大手化学メーカーは商品を市場に投入すると同時に、 基本特許を中心として商品関連の特許出願を次々と行い、他社の参入が困難であるような特許網を構築していきました。これは、今までの食品分野ではあまりなされていなかった知財戦略であり、これが食品分野での特許に対する価値や見方が変わっていく切っ掛けとなりました。
従来の食品特許の「迂回されやすい」という課題は、数値限定・パラメータによる手法などにより迂回されにくくすることが可能で、また分析技術の向上により、侵害を発見できる可能性も高まってきました。
そして、CSR(企業の社会的責任)などの遵法意識の高まり、これまで認められなかった食品の機能性用途発明の容認(2016年4月)など、食品特許を取り巻く環境が大きく変貌し、特許の価値を見直す機運が食品大手企業を中心に高まりました。
特に、技術や事業の市場優位性を確保する観点から、その手段の一つとして「特許による保護策」が評価されるようになり、特許出願が有効な一手として積極的に特許出願とその権利化が行われるような方向へと進んでいきます。
その結果、一部の食品分野では、特許無効審判や侵害訴訟などの係争事案がみられるようになり、これらも食品分野の環境の変化がもたらした「現象」の一つといえるでしょう。
- 食品技術者の特許に対するありかた
このような環境の変化の中で、一言でいえば「特許を意識して活用する」、というのがこれからの食品技術者に求められる「ありかた」なのではないかと思います。
開発をも含む食品技術者は、ビジネス展開をしていく上での、有利で効率の良い特許活用法を考え推進することが大切であると考えます。具体的には、特許を活用して、
その特許発明を同業他社の実施を排除しつつ自由に実施し、魅力ある製品を独占して製造、販売することにより、有利に開発や事業を展開していく、
出願、特許を調査することで、特許侵害や抵触などの開発リスク、それに伴う設計変更や事業方向性修正・断念などのリスクを回避する、
特許情報を分析、把握することで、調査対象(相手)が、何をしようとしているか、何を考えているかを把握するなど、その情報を活用して効率的で優位な開発方向性を定める、
などにより、効率的で開発ロスのない食品技術開発や商品開発を展開し、経営・事業戦略に貢献することが、これからの食品技術者に求められるスキルであり、「ありかた」であると思います。